風が異常に強い夜だった。目指す関西方面は、大陸からの黄砂が遥々やって来て、交通機関に影響する程視界が利かなくなるかもしれないという予報が出ていた。折角出かけるのに行った先でもこんな天気だろうかと気を揉んだ。でも仕方がない。折れそうな気持ちを奮い直し、けれど行けば行ったで何とかなる気もした。
ETCの割引が始まる以前は本四を連絡するのにいちばん安価な経路として、宇野−高松のカーフェリーの航路があった。いまもあるけれど、それが昨今のETC休日特別割引の影響を被って、ついに廃業に追い込まれる事態に至ったというニュースに触れたのが先月の事。
宇高国道フェリー、航路の名前に国道と銘打ってあるくらい明らかな事にこれは国道30号の海上路線であるからに、それが途切れてしまうとなると、国道を行く者としては取り返しがつかない。黄砂が来たからと言ってもじもじしていては機を逃すどころか、これぎり永久に道が閉ざされてしまうのだから、何が何でもいま行っておかなければいけないのだと気は急いた。もともとじぶんは予定する事は好きではないけれど、関東に住まうものとしては、三月の連休が最後のチャンスであるから、そのつもりで前数日を過ごした。
そうして週末を迎え、予定をいざ実行に移すにあたり、気分を整えるようにと、出かける前にフェリー会社のホームページを調べてみることにした。するとどういうわけだろう。そこには廃止を撤回した旨が掲載されていた。じぶんは肩すかしを食らったようだ。
呆気ない展開ではあったけれど、ただこれが結末ではないだろう。会社が踏みとどまったのもいまひとときのこと。動向行く末に予断ない事に変わりはない。行けるときに、やはり行くべしと気を改めて、またどうせ行くつもりに気持ちが昂ったのだからそのつもりのまま出かけようと、その日は夕方まで寝だめをして──心がけてしなくても自然と夜まで眠りをむさぼったので、これ準備万端と、出発した。二三時過ぎていたかしら。
往路は高速道路を使った。
昨年の晩秋に京都へ行った以来の、西進である。そのときも高速道路をひた走ったのだけれども、ドライブとしては退屈な行程であった。旅心はない。移動作業である。
尤もその時はそうせざるを得ない必要があったから仕方がなかったけれど、今回の必要は、必要のない必要であった。した道で行けば行けた。けれど、つい、厚木インターに乗り場があったので気軽に乗っかってしまった。これもETC休日特別割引の成せる技に違いない。
大阪などは一二時間くらいかかって、ふらふらになりながらもようやく辿り着くような場所であり、その点に大阪たる意義も品格もある筈なのに、その半分の時間で着けるようになっては、有難味も半分に削がれてしまうどころかむしろ旅路の楽しみ方という点に於いては一二時間後に絶頂を迎える気分で準備しているところをまだ慣らしのうちに収束してしまうようで、不完全燃焼にくすぶるだけで甚だ不健全に思われる。その分別を忘れていた訳ではないけれど、突き詰めて考える事よりも手軽なほうを選択してしまった、これはじぶんの堕落であるとともに、大阪に対しても失礼な事だと反省しなければならない。
それはそうだけれども、また改めて考えると、走り慣れた国道1号で行ってもそこに目新しい景色もないだろうし、そもそも夜だし、であれば高速道路だって同じこと。従うにこれは、これからは梅田新道を基本的なスタート地点と考える事にして、そのスタート地点へ行くまでは、まだドライブは始まらないとする。そうすれば、大阪の威厳も保たれよう、そしてじぶんも新たなスタートを新鮮に切る事ができよう。そう考える事にした。
そんな屁理屈はいい加減苦しいけれど、しかし冷静になって考えてもみれば、翌日の日中に、宇野−高松の船の上にいるには、した道で行っていては間に合わない。かといって、した道で行くために早起きして出発するのではきっと体力がもたない。これまでの経験から、都下に住まうじぶんの、した道の限界はせいぜい、姫路サービスエリアである。岡山、宇野はその更に先にある。だから、兎や角言わずに兎に角行かなければならないのだ。した道で行かないそこに理由は要らない、時間との兼ね合いに過ぎない。そのために高速道路を選択したのならば、それは結果として退屈だなと感想を言うだけの事である。
風が異常に強い夜だった。高いところや、海沿いを走る高速道では、油断するとハンドルが取られるので腕が疲れた。
愛知県に入って、そろそろ、これからの経路をと考え始める。豊田JCTから伊勢湾岸道へ乗り換えるのがまあ常套である。ただ湾岸は風が心配なのと、それとは別にちょっと冒険心が出て、遠回りの経路と分っていても、ふだん通り慣れない東名阪で行ってみようと思いついたので、そちらへ回った。その名古屋JCTからの経路は過去にいちど、走ったことがあるばかりで、その後機会を得ていなかった。思い出にあるのは、東名道から分岐して直ぐの誘導路のところのカーブが恐ろしく急に曲がっている事に怖れたことと、その直後のトンネルの珍しい構造のところで、なぜだか名古屋の道らしい印象として、いまも記憶の索引になっている。
ただ東名阪に入った途端すぐに料金所があって、それまでの高速道料金が一旦精算されたと分ったときに、失敗したと思った。
四日市JCTからの東名阪は、伊勢湾岸道の続きでもあるから馴染みである。第二京阪道路が新しく開通した事をこのとき知っていたならば、新名神へ回って、京都経由で大阪へ行きたかったところを、このときはまだ気づいていなかったので、その後の経路はいつものとおり名阪国道で天理を目指し、阪神高速へ続いて、あとは適当なところから国道2号に下りて行くだけとなった。知らない人のために説明すると、国道2号を道なりに岡山まで行って、国道30号に左折して行けば、その国道のどんつきがフェリー乗り場である。地図やカーナビなどまったく無用の行程である。目をつむっていたって行ける。
そのようにそのまま一気に岡山へ行くつもりであったけれど、名阪国道にはいって眠気を感じたので、天理SAで仮眠をとった。五時を過ぎていた。久しぶりの西行きで、ブランクがあったけれど、体力の衰えを感じないわけにはいかなかった。さすがに目をつむっていては動けない、さっきのは言葉の文だ。
(つづく)

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