天理から岡山

阪神高速湾岸線

阪神高速湾岸線

朝、天理PA。七時過ぎに起きて、身体をほぐして再出発。夕べからの風はぜんぜん衰えを見せず、依然強く、砂のためか世界が真っ白で空も地面も区別がないようだった。

西名阪道からそのまま阪神高速へ。神戸線が渋滞しているとの情報があったので、環状線からは湾岸線へ回ってみる事にした。湾岸線を使うのは、東へ復る時は何度か通った事があるけれど、西へ往くときには初めてだった。ただそこには、無意識のうちに、ETCだから乗り継ぎも惑わずに済むだろうという気持ちがあった。その油断は、した道派としてはもはや失格のようである。少し弁解するならば、環状線合流後に神戸線へ出るために、その短い合間にレーンを右に二回も移る事が難しかったのも打ち明けておかなければならない。行楽などに出かけ始める時間帯と重なっているようで、混んでいた。

天保山JCTでもちょっと詰まっていた。これも勝手を知らなかったので危なかったのだけれど、あっと気づいた時は分岐の進路になる右レーンにいたので、その列に連なる事ができて期せず御の字を書いた。もし左レーンをじっと走行していたら列に加われずに関空のほうへ行ってしまったかもしれない。かくいうじぶんは意気地がないから、無理に入れてもらおうとせずに、行き先とは関係なくてもそっちへ行ってしまいがちであるから。

湾岸線は更に風が吹いた。ハンドルが取られるのはむしろ速度を落とした時のような気がした。走るための視界は問題ないけれど、眺めるための景色はどこまでも真っ白だった。空も白ければ、海も白い。

湾岸線は途切れて、乗り継ぎで神戸線へ。神戸線が渋滞するなら、そこへ合流しようとする各線もやはり渋滞する。その自然の摂理に従って、乗り継ぎの手前でにっちもさっちもいかなくなった。こんなことなら天理で休まずに、神戸を過ぎるまで空いている時間に頑張ればよかったと思うのは、いまこうしてハマっている状況にあるから考える事である。神戸線は乗ってしまえば、そこそこ流れていた。

さて、ここまでずっと優等道路(有料道路)を走って来たけれど、じつは確固たる経路のイメージを持たずにここまで来てしまった。どこまで行けばいいだろうか。そうだ、明石海峡大橋を拝んでいかなければならない。国道2号、須磨浦、舞子の海岸線を。それにはええと、どこで下りればよかろうかと、渋滞中をいいことに地図をちらり。

そう思った時の所が、ちょうど下りるべき、若宮ランプであった。行き過ぎたので次の月見山で下りた。須磨寺というお寺さんの脇を抜けて、国道2号へようやく出た。

わざわざ乗りかかった高速道路を下りてでも、また渋滞する事が分りきっていても、ここ須磨浦から垂水、舞子、明石までの道筋がじぶんは好きなようだ。そして、明石海峡大橋の主塔が行く手の建物の合間に覗き見えると、いつだってじわりと胸が弾むようである。初めての時の感激はいまも忘れない。──今は先を急ぐので、立ち寄るのは帰りにする事にした。

明石を過ぎると、加古川、姫路、相生。だんだん町から外れていく感じで、気分も変わって来る。一種の画になるといつも思いよぎる有年駅へ坂を下っていくところで、その脇を貨物列車がのんびりと延びて行った。赤穂を過ぎて県をまたぎ、いよいよ岡山入り。備前のノスタルジックな町並みにはいつも脇見をしてしまう。いつもと同じといえば同じ景色に、いつもと同じような感想を持ちながら、とことこと進んでいった。

そして再び周りが賑やかになってくるのは、吉井川を渡って、岡山市街への案内看板が出てくる頃からである。近頃の読書に没頭している内田百閒の百間川を渡った。想像よりも大きな川だった。そして続いて旭川を渡った。こちらは想像どおり、大きな川だった。尤も、ここはもう河口に近いのだった。児島湾へ注ぐ。

岡山市街

岡山市街

岡山の街中に来て、いよいよ目的地は近い。時刻は、まだランチが出ている時間帯であった。そういえば何も食べていない。出かけるときに地元のコンビニで買っていたパンが残っているのを走りながら片付けた。

国道2号から、フェリーの出る宇野へは、国道30号へ左折する。その交差点を反対側へ右折すると、行く先には県庁がある。岡山県庁は、以前訪れたのだけれども、そのときは夜中だったから、その脇に一時停止しただけで去ってしまい、いずれ改めて来なければならないところだったから、ちょうどいいからちょっと寄って行く事にした。

そういえば、懸念していたお天気は、気がつけばすっかり回復していて、晴れた青空がわたっていた。上天気。日頃の行いが出るのだろう。

(つづく)

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