旅行から帰ってからもう大分日が経ってしまったけれども、続きを書こうと思う。書かないと忘れるし、もう忘れ掛けているけれど、いちど始めてしまったのだから終いまで行かないと気持ちが収まらない。ただ忘れても差し支えないものを書こうとしているのだから手が進まない。県庁の事なんか、書いたってしょうがない。ただそこを訪れただけに過ぎない。
日本各県の県庁をいちいち訪れるのはじぶんのある種の癖のようなもので、確たる目標があるわけではないくせになんとなく続いている。続いていると言っても大したことはしてなくて、県庁があったらそこへ寄って、写真をお役目にひとつふたつ。それから県庁庭園と名付けた庭を眺めて、ほんの二階の高さでもって、誰かの腰パン姿のように中途半端にだらしなく繋がる空中回廊の存在を確かめるだけの所業だから、ものの五分もあれば済んでしまう。この済むというのは、用事ではなくて、気持ちの片付け方だから、小さなカメラを手にしたところで、無論真面目には撮ろうとはしていない。でも撮らないと片付かないし、撮ることは撮っているので、この記しが文字だらけにならないためにもここに幾つか添えておこうと思う。
たかがそれだけの素見しのために、県庁へ訪れそのような作業をこなすという目的を、逆にハッキリさせてしまうと、それはじつに面倒くさい。県庁参詣は、ぶらりと序でのことだから、気負いなく続けられる。というか、続いている。このあいだの茨城県庁参詣は例外で、あのときはどうかしていたのだろう。
そう言いつつも本心では、まだ行っていない、写真に収めていない県庁があれば、いつか行かなければなるまいと脅迫じみた責務に苛まれそうになるから始末に負えない。今回の時も、行程を練るとき常に念頭にしていたくらい、目の上のたん瘤ではないけれど、そのような気がかりのひとつに違いなかった。しかし県庁は数に限りがあるから、その点はまだ救いがある。この煩悩から解脱するには、あと半分程の県庁へ参詣すればよいのだから。
今回の岡山は、宇高国道フェリーに乗るという目的がまずあった。その折り返しに、瀬戸大橋を渡って、時が許せば県庁に寄って行こうとするのも、ついでにぶらりと言う理に適う。だから行程は躊躇なく決まった。しかし実際は、お昼ちょっと過ぎた頃合いに岡山へ入ったもんだから、先に済ませておくことにした。行程とは名ばかりであるのはいつもの事で。でも序でである事には変わらないから、遠慮は要らない。宇野港を目前にして、左へ曲がるべき交差点を右に曲がって、県庁へ向かった。
さて岡山県庁へ来るのはじつは二度目で、最初のときはいつだったか、振り返って調べるのが面倒だから分らないままにしておくけれど、二、三年の前のことだと思う。そのときは夜中に着いたものだから、門前に一時停止をしたきりちょっと考えて、その結果そのまま通り過ぎてしまった。真っ暗で様子も知れないからとは思った。けれど、佐賀県庁や、新潟県庁などは、夜中に参詣したにも拘わらずわざわざ写真に収めていたくらいだから、とりわけて岡山県庁だけを素通りにしたのは、いささか礼を欠いていたと言わなければならない。
なぜに、なぜなら、クルマを下りるのが億劫だったのだ。また佐賀県庁とは違って比較的近い所だから、また日のいい時にと思い直したのだろう。その証拠に、天晴な空の下、いまこうして再度訪れたではないかしらん。
県庁通りは一方通行で、その両脇にパーキングチケット発券機があったからそこへ停めた。外来の駐車場は閉められていたけれど、それはいま庁舎一帯を、改修だかなんだかで工事中であったので、敷地内ところどころやりかけの資材などが転がる中で、そのような処置がとられていたのと思われる。ふだんのことは知らない。
そういえば富山県庁参詣時のときも工事中だったし、栃木県庁のときに至っては庁舎の建物が移動中で、その敷地がまったくせいせいするほど空っぽになっていたのを思い出した。県庁だからってそんなにしょっちゅう工事することでもないから、間が悪いと言わざるを得ない。傷み具合は知れないけれど、保護シートらしい幕が建物の所々に掛けられていて、逆に掛けられていない箇所もあったからそれを見たけれど、そんなにぼろには見えなかった。
その構えは、全国県庁の、本庁舎の格といえばどうだろう。愛媛や宮崎のような元老ではないけれど、鹿児島や新潟のようなぴかぴかのバブルの塔でもない。中庸であり昭和であるなと鑑定される。建物自体は、平凡のようだ。尤も、真相は知らない。じつは名だたる建築家が建てた平凡かもしれないから、うっかりした事は言えない。
お約束のとおり正面から攻め入って、写真を撮った。
カレンダーの赤い日は、閉庁日。誰もいないのも、じぶんにとってはそれがいつもどおり。とても静かで、県庁らしく厳かな雰囲気に包まれる。その脇を、散歩連れの犬が通る。のどかでいい。
ファサードに面するところの二階の廊下が硝子張りになっていて、下から見上げられたところの壁に、額が幾つか並べて飾ってあった。肖像の写真だろうか。ズームして撮ってみたら確認できたけれども、これはおそらく、代々の知事だなと合点した。しかしそれだけのこと、知事に知り合いはまだないから、興味は他へ移った。
しかれど他と言っても期待している見所がある訳じゃないし、建物は改装工事のためかシートが覆っていて、白いそれが風にひらひらしているばかりでよくわからない。広大なるはずの敷地も正面から入ってみるとコンパクトに纏められた感じがして狭苦しい。
それに、中庭のほうへ数歩歩み進めてみても、通せんぼがしてあるばかりでちっとも歓迎されていない。もちろん歓迎されるとは思っていないけれど、客を招き入れるどころではない時に来てしまったように思われて気が引けたのが正直なところ。言い換えれば、気が進まない。これまでいくつかの県庁に訪れて、そんな水臭い思いはいままでになかったけれど、実際気が進まないから、その息苦しい中庭にある意味不明なリングのオブジェクトを印象に残そうとパチリとしただけで、それぎり踵を返した。
その戻りがけに、地下へ下りる怪しい階段があったのに気がついて、そおっと覗き込んでみたら、丁度そのとき、警備員のような足取りの影が見えてびっくりしたので、下りるのはやめた。こうなると、もはや留守に忍び込んだどろぼうの心で。
結局、やはり五分くらいで済んで、外に出た。
外に出て県庁通りをほんの数歩ばかり行くと、すぐそこには旭川の土手がある。近頃じぶんが読み込んでいる内田百閒の書いた物の中には、何度かその名前が出て来る。その川の実際を見て、なんとなく馴染みがあるようにも思えた。そして相生橋も。もちろん当時のものとはまったく違う世界なんだろうけれど、あの先生の思い出は、このへんをうろうろしていたんだなと想像すると、じぶんはここを素通りすることができないようだった。
土手へ行くよりも橋の上から眺めたほうが都合だと思ったので、真ん中まで進んで、欄干に凭れて下流を眺めた。

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